
ネリー feat. ケリー・ローランド「ジレンマ」
2002年、アメリカの音楽チャートを席巻したラブソング「ジレンマ(Dilemma)」は、ラッパーのネリーとR&Bシンガーのケリー・ローランドによるコラボレーションとしてリリースされた。ヒップホップとR&Bが自然に融合したこの楽曲は、当時の音楽トレンドを象徴する作品として多くのリスナーの心をつかんだ。
メロウなビートと甘く切ないメロディライン、そして互いに想い合いながらも結ばれないという“ジレンマ”を描いた歌詞が、幅広い層から支持を集めた。楽曲の完成度の高さに加えて、2人の相性の良さも話題を呼び、瞬く間に世界的ヒットとなった。
曲の概要
「ジレンマ」は、ネリーのセカンドアルバム『Nellyville』に収録され、2002年にシングルカットされた。ジャンルとしてはR&Bとヒップホップのクロスオーバーでありながら、どこかポップスのような普遍性も兼ね備えている。
楽曲の最大の特徴は、1972年にリリースされたパティ・ラベルの「Love, Need and Want You」をサンプリングしている点である。このサンプルが曲全体のメロディの基盤となっており、クラシック・ソウルの暖かみと、現代的なビートの融合が見事に成立している。
歌詞では、お互いに惹かれ合っているにもかかわらず、それぞれにパートナーがいるという“恋愛の板挟み”が描かれている。感情を抑えきれない二人のやりとりが、ネリーのラップとケリー・ローランドのメロディアスなフックを通じて、ドラマティックに展開される。
この曲では特に、ケリー・ローランドの柔らかくも力強いボーカルが印象的で、彼女のソロキャリアの始まりを強く印象づけるきっかけともなった。
作詞・作曲とプロデューサー
「ジレンマ」の作詞・作曲には、複数のクリエイターが関わっている。中心となったのはコーネル・ヘインズ・ジュニア(ネリー)とアントワーヌ・メイコン(通称Bam)、そしてサンプリング元である「Love, Need and Want You」の原作者ケニー・ギャンブルのクレジットも加えられている。
さらに、ケリー・ローランド自身も歌詞制作に関与しており、彼女の視点からのフックやハーモニーが、女性側の立場からの感情を的確に表現している。プロデューサーを務めたのはライアン・ハウザーで、彼はこの楽曲においてミッドテンポで心地よいグルーヴを提供し、メロウなサウンドをより一層際立たせた。
制作過程では、パティ・ラベルの原曲の雰囲気を壊さずに、現代的なR&B/ヒップホップのビートを加えるというバランス感覚が求められたが、結果として極めて洗練された仕上がりとなっている。
チャート
「ジレンマ」はアメリカのBillboard Hot 100で10週連続1位を記録するという快挙を成し遂げた。2002年を代表する楽曲のひとつとして名を刻み、ネリーとケリー・ローランドの両者にとってキャリア最大級のヒットとなった。
さらに、イギリス、オーストラリア、ドイツなどでもナンバーワンを獲得し、全世界での売上は700万枚以上にのぼる。グラミー賞では「Best Rap/Sung Collaboration」部門で受賞も果たしており、その音楽的・商業的インパクトの大きさは当時の音楽業界に強烈な印象を残した。
なお、この曲はiTunesなどのデジタル配信が普及する以前の時代にもかかわらず、CDシングルとしても高いセールスを記録しており、フィジカルでも圧倒的な存在感を放った。
ミュージック・ビデオ
「ジレンマ」のミュージック・ビデオは、曲のドラマ性を視覚的に補完する内容となっている。監督はベニー・ブームが務め、舞台はアメリカ郊外の住宅街。ネリーとケリーが隣人同士として登場し、互いに想い合いながらも距離を取らざるを得ないという切ない関係が描かれている。
注目すべき点として、パティ・ラベル本人がケリー・ローランドの母親役でカメオ出演している。これは、サンプリング元である「Love, Need and Want You」の作者としてのつながりを感じさせる粋な演出であり、ビデオに深みを加えている。
ビデオ中盤の、ケリーが携帯でネリーにメッセージを送ろうとするも、“Excel画面”に文字を打ち込むという演出は、当時の視聴者の間で話題となり、今ではインターネット・ミームとしても有名になっている。
「ジレンマ」は、ヒップホップとR&Bの融合が最も美しく成功した例のひとつとして、現在でも語り継がれている。ドラマティックな歌詞、ソウルフルなサンプリング、そして二人のアーティストの魅力が絶妙に融合したこの楽曲は、単なるヒット曲ではなく、2000年代初頭のポピュラー音楽を象徴する名曲である。
音楽ファンにとっては時代を彩ったラブソングとして、ミュージシャンにとっては、ジャンルを越えた表現の可能性を示してくれる作品として、多くの学びを与えてくれるだろう。