音楽

ビル・エヴァンス「ブルー・イン・グリーン」

Bill Evans

ビル・エヴァンス「ブルー・イン・グリーン」

1959年にリリースされたジャズ史上屈指の名盤『Kind of Blue』。
その中でもひときわ静かで美しく、まるで夢の中を漂うような余韻を残す曲が「ブルー・イン・グリーン(Blue in Green)」だ。
この楽曲は、マイルス・デイヴィスの名義で発表されたが、その実質的な作曲者はピアニストのビル・エヴァンスだと広く認識されている。

曲の背景と作曲クレジットの謎

「ブルー・イン・グリーン」は、『Kind of Blue』のB面1曲目に収録された。クレジット上はマイルスの作品となっているが、ビル・エヴァンス本人が晩年のインタビューで「私が書いた」と語っており、専門家の間でも彼の作曲とする見方が一般的だ。

マイルスは全体のコンセプトを指示し、エヴァンスがそれを音にした。特に彼が持ち込んだ印象派的な和声感や浮遊感は、ジャズというよりもクラシック、あるいはドビュッシーやラヴェルの香りすら漂わせている。

音楽的特徴

この曲の特徴は、極めてゆったりとしたテンポと、静謐なハーモニーにある。
ピアノの繊細なアルペジオから始まり、マイルスのミュート・トランペットが淡く切ないメロディを奏でる。続くジョン・コルトレーンのサックス・ソロも、力強さではなく内省的な美しさを湛えており、聴き手の心を静かに揺さぶる。

コード進行ははっきりしながらも、調性感がぼやけており、モード・ジャズ的な自由度が感じられる。エヴァンスのピアノソロでは、間の取り方や響きの余韻が特に際立ち、まるで時間が止まったような感覚を覚える。

文化的意義と影響

「ブルー・イン・グリーン」は、ハードバップの勢いや熱気とは対照的な、静謐さの中に宿る深い感情を表現した曲として、ジャズ史において特異な位置を占めている。

多くのジャズピアニストやコンポーザーにとって、本曲は「美しく弾くことの難しさ」を教えてくれる教材でもあり、ソロピアノやトリオ編成などでカバーされ続けている。

おわりに

「ブルー・イン・グリーン」は、華やかな旋律も派手なソロもない。
だが、そこには深く静かな情感と、音の隙間に宿る美がある。
ビル・エヴァンスというアーティストの感性が、そのまま結晶化したようなこの楽曲は、聴くたびに新たな発見と余韻をもたらしてくれる。

まさに、ジャズが「歌う」ことをやめたときに見せる、もうひとつの真実がここにある。

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