
セロニアス・モンク「ラウンド・ミッドナイト」
静かな夜の帳が降りる頃、ふと耳にしたくなるジャズがある。
それが、セロニアス・モンクの名曲「ラウンド・ミッドナイト」だ。
哀愁を帯びたメロディと不安定な和声、深い静寂と孤独感。
この曲は、まさに“真夜中”そのものの情緒を音にしたような楽曲であり、モンクという稀代の個性派ピアニストが残した最も有名な作品である。
曲の背景と誕生
「ラウンド・ミッドナイト」は、1944年にセロニアス・モンクによって作曲された。
当初はインストゥルメンタルだったが、後にバーニー・ハナイ(Bernie Hanighen)が歌詞を付け、ヴォーカル曲としても知られるようになった。
チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーらビバップ創成期のミュージシャンたちに愛され、のちにマイルス・デイヴィスやチェット・ベイカー、ハービー・ハンコックらによっても演奏され、ジャズ・スタンダードとしての地位を確立した。
音楽的特徴
「ラウンド・ミッドナイト」の最大の魅力は、なんといってもその独特なコード進行と、内省的で陰りのあるメロディにある。
モンクならではの歪んだハーモニー、不安定なテンション、突き放すようでいてどこか温かい響きは、他のどんな曲にも似ていない。
楽曲の構造はAABA形式に近く、テーマ自体は比較的短いが、アドリブによって多様な表情を生み出す余地が大きい。
ピアニストによってはロマンティックに、あるいは前衛的に解釈され、演奏ごとに異なる“深夜の顔”を見せるのもこの曲の魅力のひとつだ。
モンクによる演奏と他アーティストの解釈
モンク自身の録音は複数存在し、中でも1957年のアルバム『Thelonious Himself』に収録されたソロ・ピアノ版は、最も内省的で詩的なバージョンとして知られている。
彼のぎこちなくも美しいタッチ、間の取り方、そして微妙なタイム感が、まるで夜の静寂に語りかけるような空気を醸し出している。
一方、マイルス・デイヴィスが1957年の『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』で披露したバージョンは、より洗練されており、エレガントかつ抒情的なアプローチが光る。
それぞれの演奏者が自分なりの“ミッドナイト”を表現することが、この楽曲の生命線とも言える。
おわりに
「ラウンド・ミッドナイト」は、ジャズというジャンルが持つ“時間の感覚”や“空気の濃度”を最大限に活かした楽曲である。
真夜中の静寂、孤独、記憶、そして希望。
そういった曖昧で繊細な感情が、セロニアス・モンクのピアノからじわりと滲み出てくる。
この曲を深夜に一人で聴くことは、音楽に包まれるというよりも、音楽とともに沈黙の世界に身を置くような体験だ。