
ハービー・ハンコック「カメレオン」
1973年、ハービー・ハンコックは自身の音楽キャリアにおける大きな転機を迎えた。
それが、エレクトリック・ジャズの金字塔とも称されるアルバム『Head Hunters』の発表である。
その冒頭を飾る代表曲「カメレオン(Chameleon)」は、ジャズとファンク、テクノロジーと即興演奏を融合させた、まさに70年代以降の音楽シーンを先取りした革新的な1曲だった。
背景と制作の経緯
「カメレオン」は、ハービー・ハンコック、ポール・ジャクソン、ハーヴィー・メイソン、ベニー・モウピンの4人によって共作された。
当時のハンコックは、マイルス・デイヴィスのもとで電化時代を経験しながら、自身の音楽性をより広い層に届けたいという願望を強めていた。
その答えが、ジャズの即興性を保ちながら、ファンクのグルーヴと構造的なシンプルさを取り入れた「カメレオン」である。
音楽的特徴
イントロのシンセベースのリフは、もはやファンク史に残る名フレーズ。
ハンコックがARP Odysseyシンセサイザーを駆使して生み出したこの太いグルーヴが、楽曲全体の屋台骨を支えている。
そこにクラヴィネットのカッティングや、ベニー・モウピンによる浮遊感のあるサックスソロが重なり、次第に熱量を高めていく。
「カメレオン」は16分を超える長尺曲で、前半と後半に構成の変化がある。
前半はグルーヴの上にソロが乗るファンク的な展開、後半はテンポが速まり、よりジャズ的な緊張感のあるインプロビゼーションへと突入する。
それぞれのセクションでメンバーが役割を変えながら即興を展開する様子は、まさに“変幻自在”のタイトルそのものを体現している。
文化的影響と後世への波及
「カメレオン」は、ジャズのリスナーのみならず、ファンク、ヒップホップ、さらには電子音楽のファンからも絶大な支持を受けてきた。
多くのミュージシャンによってカバーされ、また数えきれないほどサンプリングの素材としても使用されている。
とりわけ教育現場では、ジャズ入門者にとって格好の練習曲となっており、セッションやアンサンブルでも定番レパートリーのひとつである。
グルーヴの中で自由に遊び、集団即興の基礎を学べる楽曲として今なお重宝されている。
おわりに
「カメレオン」は、そのタイトル通り、一曲の中に多彩な色と表情を内包している。
それはジャズでもあり、ファンクでもあり、エレクトロニックでもある。
境界を軽やかに飛び越えていくハンコックの美学と、時代の空気を的確に捉えたプロダクションが融合し、唯一無二の傑作が誕生した。
今聴いてもまったく古びることのないこの楽曲は、音楽の「自由さ」と「進化」を象徴する永遠のアンセムだ。