
マイルス・デイヴィス「イン・ア・サイレント・ウェイ」
1969年、マイルス・デイヴィスは『イン・ア・サイレント・ウェイ』というアルバムで、ジャズというジャンルに新たな地平を切り拓いた。
アルバムと同名の楽曲「In a Silent Way」は、激しいアドリブの応酬や速いテンポが主流だった当時のジャズとは対照的な、静けさと余白を重視したサウンドで、多くのリスナーに衝撃を与えた。
これは、マイルスがジャズ・ロック、アンビエント、ミニマリズムといったジャンルの源流へと向かう、決定的な一歩だった。
背景とコンセプト
「イン・ア・サイレント・ウェイ」は、もともとキーボーディストのジョー・ザヴィヌルによって作曲された作品で、彼が持ち込んだこの楽曲を、マイルスが自身のビジョンのもと再構築した形で録音された。
当時のマイルスは、エレクトリック・ピアノやシンセサイザー、ギターといった電化楽器に関心を示し、より現代的で実験的なサウンドに傾倒していた。
1969年2月18日のセッションには、ハービー・ハンコック、チック・コリア、ウェイン・ショーター、ジョン・マクラフリン、トニー・ウィリアムスら、後のフュージョン界を牽引する名手たちが参加しており、録音は伝説的なプロデューサー、テオ・マセロの手によって大胆に編集された。
音楽的特徴
「イン・ア・サイレント・ウェイ」は、冒頭とラストに同じフレーズが配置される“円環構造”を持つ一種の組曲形式で、全体として非常に静かで内省的な雰囲気を持っている。
エレクトリック・ピアノとギターの繊細なアルペジオが淡く流れる中、マイルスのミュート・トランペットが低く、慎重に音を紡いでいく。
ドラムのアタックは極限まで抑えられ、ビートというより“気配”として響き、サウンド全体はアンビエントにも近い印象を与える。
アンサンブルは緻密というより、浮遊感のある即興的な流れで構成されており、リスナーは時間の感覚を忘れるような体験をすることになる。
文化的意義とその後の影響
この楽曲は、後に「エレクトリック・マイルス」と呼ばれる時代の幕開けを告げるものであり、マイルス・デイヴィスはこの後『ビッチェズ・ブリュー』でより大胆なエレクトリック・ジャズを展開していく。
「イン・ア・サイレント・ウェイ」は、当時の純ジャズ・リスナーからは賛否を呼んだが、ロックやクラシック、現代音楽のファンから高い評価を受け、ジャズの枠組みを超えたリスナーを獲得した。
この曲は後に、ポスト・ロックやアンビエント、ニューエイジといったジャンルにおいても参照される先駆的存在となった。
おわりに
「イン・ア・サイレント・ウェイ」は、喧騒の中に差し込まれた沈黙のような存在だ。
その静けさは空虚ではなく、強い意志と変革の前触れを孕んでいる。
マイルス・デイヴィスが“音数を削ることで、音楽の本質に近づこうとした”試みは、この曲で見事に結実している。
この曲を聴くことは、音楽における「沈黙の意味」と「空間の力」を知ることでもある。
ジャズという言葉にとらわれず、深く静かな世界に身を委ねてほしい。
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