音楽

ショスタコーヴィチ「ヴァリエテ・オーケストラのための組曲より 行進曲」

Šostakovič

ショスタコーヴィチ「ヴァリエテ・オーケストラのための組曲より 行進曲」

~皮肉とユーモアに満ちた“非公式国歌”~

ドミートリイ・ショスタコーヴィチの「ヴァリエテ・オーケストラのための組曲(The Suite for Variety Orchestra)」に含まれる「行進曲(March)」は、重厚なクラシック作品群とは一線を画す、軽快でユーモラスな性格を持つ管弦楽曲である。
しかしその軽さの背後には、20世紀ソ連の風刺や皮肉、そしてショスタコーヴィチ独自の鋭い社会批評精神が込められている。

曲の概要と背景

この「ヴァリエテ・オーケストラのための組曲」は、長らく正確な成立時期や作曲者の意図が不明瞭な作品だった。
実際、ショスタコーヴィチ本人が「ヴァリエテ・オーケストラ」という題で出版・演奏を行った記録は残っておらず、現在知られている形の組曲は、彼の死後に弟子や音楽学者たちによって編集・再構成されたものであると考えられている。

この組曲は8曲から構成されており、中でも「行進曲(第1曲目)」は最も有名で、多くの演奏会やメディアで単独で取り上げられることが多い。

音楽的特徴

「行進曲」は、重厚なブラスセクションと弾むような打楽器リズムで幕を開ける。
まるで映画音楽や風刺劇のオープニングのような華やかさと威勢の良さがある一方で、どこかわざとらしく、過剰にドラマティックな印象も受ける。

その旋律は簡潔で親しみやすいが、調性の曖昧さや和声のズレ、唐突な転調が所々に仕掛けられており、聴衆に不思議な違和感や滑稽さを与える。
まさに、ショスタコーヴィチが得意とする“皮肉の音楽”である。

映画やメディアでの使用

この行進曲は、映画『アイズ ワイド シャット(Eyes Wide Shut)』(1999年/スタンリー・キューブリック監督)で使用されたことにより、世界的に再注目されることとなった。
また、テレビCMやバラエティ番組のBGM、YouTubeなどでもたびたび登場し、「どこかで聴いたことがあるクラシック曲」として定着している。

ショスタコーヴィチの“裏の顔”を感じる一曲

この行進曲は、表面的には明るく陽気に聞こえるが、その背後には「国家が求める形式的な祝祭」と「個人の内なる不安や批判精神」が交錯しているような印象がある。
ショスタコーヴィチは、スターリン政権下で常に自己検閲を強いられながらも、音楽の中にメッセージを込め続けた作曲家である。
この曲にも、その芸術的な“二重構造”が垣間見える。

まとめ

ショスタコーヴィチの「ヴァリエテ・オーケストラのための組曲より 行進曲」は、彼の作品群の中では珍しく、軽快で洒落っ気に満ちた楽曲である。
しかしその背後には、20世紀の歴史的背景やショスタコーヴィチの精神的闘争がうっすらとにじみ出ており、単なる娯楽音楽として片付けられない深みがある。
風刺、ユーモア、形式美が絶妙に交差するこの行進曲は、現代でもなお多くの人々の興味を引きつけてやまない。

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